ドームハウスの起源は娘の”今”に捧げる発明だった!?

ドームハウスのベースになっているジオデシック・ドームの、生みの親であるバックミンスター・フラー氏のインタビュー内容が映像化されています。

1970年5月13日と1965年1月20日時のインタビュー内容を、イラスト化し、『BUCKMINSTER FULLER On The Geodesic Life』という題目で、フラー氏のジオデシックライフについての内容として紹介しています。

ジオデシックドームで作られたフラー氏の顔

映像は英語なので、Youtubeの翻訳機能で日本語に設定してみてください。和訳は正確ではないですが、なんとなく意味はわかると思います。

フラー氏は結婚後、娘を一人授かりますが、病気で4歳になる前に亡くなっています。1922年のことです。そして、5年ほど悲しみに暮れます。その中で、子どもについて、戦艦や飛行機や銃をつくるような技術的なことと同じように感じていた。それは間違いで、物事は論理的な方法で行われていないと確信しました。

1927年に二人目の子どもを授かり、その時、この新たな生活のために考えることになります。ある日、娘が空飛ぶ飛行機を見上げます。当時はまだ飛行機は一般的ではなく、フラー自身も幼い時には、飛行機は見たこともありません。ですが、娘にとっては、飛行機の存在は鳥のように自然なものであるのです。

そんな気付きがフラー氏の発想に大きく影響を与えたようです。

(映像を見て、なんとなくで書いているので、間違っていたらすみません)

上記の映像を見る限り、なんとなくですが、今すでにあるものをより良くするよりも、娘が飛行機を当たり前と思ったように、新たな今をつくるべく、発明していったんでしょうね。まさに発明家です。

実際、フラー氏は、デザイン・建築の分野では、

  • ジオデシック・ドーム(フラードーム)
  • トラス構造
  • イサムノグチも関わった『ダイマクション・カー』
  • 世界地図のひとつでもある『ダイマクション地図』
  • 規格住宅の先駆けでもある『ダイマクション・ハウス』
  • 金属製の浴室ユニット『ダイマキシオンバスユニット』

など、ドームハウスを始め、世の中の水準から飛び出た、他とは違うデザインや発明をしています。

プロフィールの流れから辿っていくと、1922年に会社を設立し、1922年には、ジオデシックドームの前身である、安あがりで効率のよい屋根を作るための構造システムを仕事としておこなっていたようです。そして、その後長女の死が訪れてしまいます。

失意により酒におぼれてしまい、1926年に、事業に失敗し、社長を辞任します。そして、1927年に次女が生まれます。その年、自殺を考えるも回心。ジオデシック・ドームの本格的な展開は、第二次大戦後(1945年~)のようですね。

勝手な想像ですが、フラー氏の発明は、暮らし絡みの発明が多いので、それらは、次女の”今”に捧げるものって考えたら、なんだかほっこりしませんか?

ドームハウスって、カタチ以外だと、DIYで自作とか、地震に強い構造や技術的なことに、視点がいきがちなんですが、その起源が、「娘のため」って考えたら、気持ちがほっこりしませんか?きっと、数々の発明に対するバイタリティなんだと思いますよ。

・・・勝手な想像です(笑)

フラー博士のドームハウス

2017.01.04

ドームハウスにご興味をお持ちの方へ

一人で家族のみの協力の下で始めた、森のドームハウス建設に始まり、
ドームハウスの専門家が集まり始めたドームドリーマーズを経て、
より多くの方々への情報を伝えるためのドームハウスインフォ設立に至りました。

 

お陰様でドームハウスの実績や活動内容も充実してまいりましたので、
カタログを制作してお届けすることができるようになりました。

ドームハウスにご興味をお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。

catalog