自分の土地なのに建てさせてもらえないトラブルに遭遇した物語

専門家ってどのような職種にもいると思います。
この数年の間ネットが便利になり、誰もが簡単にどのような情報でも手に入れることが出来るようになりました。
その上この頃はAIまで簡単に利用でき、素人でも頑張って調べるとどんな情報でも手に入ると感じると思います。

でも、そうではないというお話しを。
やはり専門家でなければ分からない、「専門家を入れなかったらエライ事になっていたかも」ということが、特に建築の世界には多くあります。

今日は、そんな経験を元にした物語を共有しようと思います。

 

 

ある日、私はいつもの建築申請業務をする為に、最寄りの役場に出向いていました。
日本中どこの地域でも、建物を新たに建てる場合、必ず建築申請を行わなければなりません。
ここ八ヶ岳周辺では、その他にも八ヶ岳景観条例や、まちづくり条例などの申請が必要になります。

こういった地域特有の条例では、建物の色や敷地の利用方法など、細かく審査をされます。
場所によっては、建物の色どころか屋根の形まで規制される地域もあり、設計審査に通らなければ、建築を始めることができません。

そういった仕事も、20年以上行ってきている私にとっては日常業務です。
問題があることの方が珍しく、突き返されたり、呼び出しを受けることもほとんどありません。
いつも通り許可書をもらうために、待っていた時の事です。

後ろから、今にも泣き出しそうな若い女性の声が、、、

「どうしてダメなんですか。 違法でも何でもない、普通の小さな木造住宅なんです。」

「だから、何度もお伝えしている通り、、、ゴニョゴニョゴニョゴニョ」

なんだかトラブってるなぁ、、、
廊下の奥、窓際にある打合せ室に続く通路の方に近づいてみると、担当者とおぼしき役場の方とその上司、彼らの肩越しには若い女性が見えます。

まだ20代でしょうか。
後ろで束ねた茶髪に利発そうなメガネ、胸ポケットにはサンスケ(三角スケール:設計専用の定規)と何本もの色ペンがささっています。
着色された図面をテーブル越しに挟み、3人が対峙しているのが見えました。

気になってしまった私は、廊下をそっとそちらの方へ近づき、打合せ室入口付近の申請書類机に置いてあるパイプ椅子に腰掛け、半開きのドア越しに聞き耳を立てました。

「30坪もない小さなアトリエなんです。 夢なんです、お施主さんの。 何十年もかけて手に入れた希望の土地なんです。」

「ですから、分かりますが、そういった経緯は関係ないのですよ。 お分かりですよね。」
彼女は東京の設計事務所のスタッフさんなんでしょうか。
自分の担当物件の現地調査に訪れ、一緒に役場を回り、建築規制の確認を建築指導課の方々としているところのように見えます。

「分かりません! ホントに、全く分かりません。 わ、わたし、違法なことは何もしてないんです。 こんなに小さな、二部屋しかないアトリエがどうして違法建築になるんですか!? わ、わかりません。」

もしかすると、設計事務所として独立したての建築士さんなのかも。
だとすると、これはえらいことだなあ、とひとごととは思えない気になってしまいました。

「ですから、良いですか。 こちらの土地はAさんがお持ちの土地で、中古別荘を以前購入されて、既に利用している建物が建っている訳ですよね。 そして、その隣の土地も同じくAさんがご購入、新たに手に入れた土地ですね。」

「そうです。 どちらもAさん、ご自身がご購入されて、共有でも何でもない彼の土地です。」

「そこが、問題なのです。」

「何をおっしゃっているのか、全く分かりません。 どちらも彼の、彼自身が登記をした土地です。 こうして登記簿謄本も持って来ました。 見て下さい、共有でもなければ、抵当が付いているわけでもない、正真正銘の彼の土地なんです。」

「いや、それは分かっています。 分かっているんです。 そうではなくて、同一人物がお持ちの土地だから問題なのです。」

彼女はもう訳が分からないというような困惑しきった表情で、涙目になりながらため息をついています。

「これは、決まりなのです。 慣例、慣習と言えば分かって頂けますかね。 隣の土地の持ち主が同じ名義人の場合、私共では新たに住宅を建設する許可は出せないことになっています。」

「私共ではって、、、どこにそんな法律があるんでしょうか。 おかしいです。 やっぱりおかしいです。 そんな規定は探しても出てきません。」

「ですから、決まりなんです。 一度持ち帰って頂き、施主さんとよく打合せをしてきて下さい。」

何を言っても彼女の要求は通してもらえず、建築申請どころか、その計画すら認められない状態に、彼女は肩を落とすしかありません。

「あまり時間がないので、一度だけお話しします。 よろしいですか。」

どう言っても引き下がらない彼女に、役場の上司さんは話し始めました。

「隣同士の敷地が同じ名義の場合、5区画、10区画と続きの土地を買収する業者がいるとします。 そこに住宅を一軒ずつその業者が建てます。 そして完成後、その業者が建売住宅として分譲をする。 これは見た目は普通の分譲住宅のように見えますが、合法的に建てられた分譲住宅に必要とされる、消火栓のような消防設備、水災害予防の雨水浸透対策等、そういった工事が何もなされていない団地が出来てしまいます。 お分かりですね。」

「ええ、それは分かりますが、Aさんの土地はたったの2区画です。 売ったりなんかしませんし、ご自身の為の家ですって、何度もお伝えしているじゃないですか。 消防規定とか関係ないはずです。」

「そうですが、こういった違法開発が後を絶たないのです。 その対策として役場サイドとしては、こういった方法を取ることになっているのです。 地元の業者さんにももちろん同様に対応して頂いています。 ご理解頂くしかありません。」

もし彼女が建築士なのであれば、弁護士ではないにしても建築に関する法律家としての勉強をし、資格を取得した法律家でもあります。
白は白、黒は黒、法規に則って仕事をすることを学んでいるはずです。
それなのに、法規上の条例がないのにも関わらず、こんなに重大な内容を慣例ですから、と一言で片付けさせられようとしている。
彼女の目には、そんな理不尽さは、全く受け入れられないというような色が見え隠れしていました。

ここで更に戦うのか、それとも受け入れるのか、頭の中ではいろいろな葛藤が渦巻いているのでしょう。
テーブルの上に広げた図面や文房具を、筆箱に入れることなく、かき集めるようにバッグの中に押し込み、彼女は深く頭を下げて立ち去るようにその場を後にしてしまいました。

小走りに私の横を通り過ぎて行ったその後ろ姿を見ると、同業者としてまるで自分の事のように胸が締め付けられてしまいます。

 

もし彼女が、独立したばかりで、やっと初めて請けることが出来た設計仕事で、と考えるとこの後どうするのだろう、と気がかりで仕方なくなります。
施主さんは、退職をして退職金で手に入れた富士山の見える土地を、今後の余生を幸せに暮らすために購入したのかもしれません。
そこに自身の小さなアトリエを建てて、隣の母屋は誰かに貸して収入を得ながら、奥さんと二人、ちいさな暮らしを夢見て、若き建築士に設計を依頼したのかもしれません。

土地は買ってしまった。
設計も契約し、プランも出来ている。
違法なことは何もないと言い切る彼女のこと、もしかすると、実施設計も構造計算も全て終わっているかもしれません。
これからの彼女の試練を考えるととても気の毒ですが、頑張って貰いたいものです。

 

これは私が実際に体験したことを元にした物語です。
熟知した専門家であれば、こういった轍は踏むことはありません。
しかしそれは、経験がなければ分からない事。
彼女の言っていることも正論なのです。

建築の世界は、仕事が人を育てる世界だと良く言われます。
多くの仕事をこなしていくことにより、初めて身につくことが多くあります。

彼女がこれからしなければならない事は、専門家であれば何パターンも頭に浮かびます。

合法的に、役場が喜ぶような方法。
費用はあまり掛けずに、誰も文句を言えないような方法。

彼女がはたしてそういった解決策にたどり着くことが出来ているかどうか分かりません。
万が一、悪い方に転がってしまうと、彼女が今後どういった大変なことに巻き込まれてしまうかすらも、何パターンも思い浮かびます。

専門家とは、そういったいくつもの対策やシミュレーションが頭に浮かぶようになるほどの多くの試練をこれまで乗り越え、特殊能力を身に付けてきた者だと考えます。
簡単に手に入る情報は氷山の一角。
特に建築の世界では危険なことにつながりかねないとも言えます。

もしあなたが、新たな建築計画を立て進めようとしていらっしゃるのであれば、あなたの側に寄り添ってくれる専門家を見付けることを、その計画の中に入れておくのが成功への近道だと思います。

ドームハウスにご興味をお持ちの方へ

一人で家族のみの協力の下で始めた、森のドームハウス建設に始まり、
ドームハウスの専門家が集まり始めたドームドリーマーズを経て、
より多くの方々への情報を伝えるためのドームハウスインフォ設立に至りました。

 

お陰様でドームハウスの実績や活動内容も充実してまいりましたので、
カタログを制作してお届けすることができるようになりました。

ドームハウスにご興味をお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。

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一級建築士事務所 studioPEAK1(スタジオピークワン)代表。 山梨の県北、南アルプス山脈甲斐駒ヶ岳の懐に位置する白州町の森にて建築・設計活動をしています。白州に活動の場を移して十数年。この自然の中でしか感じることが出来ない事を学び吸収し、建築に反映してきました。技術力やデザイン力のみではなく、心からわくわくし、楽しくなる建築をめざし日々精進しています。